午後1時、いつものように渡船が早帰りの釣り人を迎えに来る。山の方に積乱雲が出てきてるのが気になるがすぐには影響はないだろうとの判断。私達はアイゴが釣れる雰囲気なので最終便で帰ることにする。 1時20分頃、「大バエ」の釣り人が両手で×をしているのが私達の長バエから見えた。山を見ると真っ黒な雲が張り出している。渡船も全速で近付いて来る。大バエの一人を撤収、続いて「長バエ」の私達2人。波は大したことはないし雨の降る気配は全くないが渡船に乗り込む。2人のクーラーはアイゴと氷水で満杯なので「船首に置いたままでいいよ」とカジコをしてくれているもう1人の船長さんが言ってくれる。渡船は最後の一人がいる「ヤマノハナ」へ。「長バエ」から5分くらいか。釣り人を撤収する、と言っても海が荒れているわけではないし雨も降っていない。とんでもない出来事がこの後起こるとは誰も予想できなかった。 港の方を見ると雨で真っ白、「雨じゃなあ」くらいにしか思っていなかった。「ヤマノハナ」の釣り人が渡船に乗り込み、渡船が後進で磯から離れた瞬間、最初に土砂降りがくる。突然のものすごい雨。渡船は前進に変え進もうとするが瞬間に眼前の大きなヌノ島が消えてしまった。それだけの豪雨、「平バエ」との水道を抜ける予定だったと思うが船長のとっさの判断で沖へ向かう。 その瞬間から猛烈な風が吹く。大きな波が突然生じ、船が揺れる。その揺れ方は尋常ではない。ローリングでもないピッチングでもない。それらが交じった不規則な揺れ。波は巨大な三角波だ。波頭の飛沫が空に舞い上がっている。ガタンガタンと揺れる船。船首に置いてあった重いクーラーは横倒し。 「舳先を風上に向けろ 転覆するぞ」もう一人の船長さんが叫ぶ。「あかん、舵がきかん」。舵がきかない時の船の怖さは私も漁船を所持していたことがあるので知っている。風が一方からだけなら舵はきくだろうが、強風が四方から吹いて来る。風が回ってるのだ。そのときバリバリと大粒のヒョウが降ってくる。「竜巻だ」と釣り人の一人が叫んだ。船は強風に煽られてゆっくりと回っているだけ。 ヌノ島さえ見えたら突き切るパワーは持っているだろうが、見えないと暗礁や磯が恐い。周囲は渡船の回り数メートルの視界しかない。ぐるぐる回された船は方向を失っている。今は大潮の干潮時間、由岐は低い磯が多いし暗礁も多い。磯を見つけたとしても船のすぐ側だろうし、舵が効かない。船は木っ端微塵になる。私はこのとき「漂流」が頭をよぎった。しかし磯にぶち着けられてお陀仏だろうなとも。 「船は何処におる?」船長さん同士も不明のようだ。「磯に当たれへんかい」とは釣り人。「多分だがヤマノハナを離れたときからの感じでは沖に出ている」との船長さんの一致意見。釣り客は4名。全員ブリッジにしがみついているだけ。時間にして10分なのか30分なのかは分からないが私にはとてつもなく長い時間に感じた。 そのとき「ヌノ島が見えた」と誰かが叫んだ。「右前方」と叫ぶがすぐに見えなくなった。まだ豪雨は続いている。「間違いない、微かに見えたのはヌノ島だ」。「それなら大丈夫、ここらは水深が深い」。しばらくして風は相変わらず強風だが(北東からの)一方向に変わった。それなら舵が効く。船のパワーを上げて体制を立て直す。 雨も小降りになり右前方にヌノ島が姿を表した。「やった やっぱりヌノ島だった」。渡船は全速力でヌノ島の西を通過して港に向かう。船は「テグス」の沖300m位に流されていた。「岩ヤン」の横で、潜水漁師の船外機船が転覆していた。「助けに行かなくては」と言うが、波が高くて近寄れないし、お客さんを港に送ってから行くらしい。「潜水の漁師なんで潜っているんだろう、心配いらん」らしい。後で聞いたら心配なしだったそうです。 港で待っていた船長さんの奥さんは突然の突風に頑丈な建物の中に避難したそうです。竜巻は港からヌノ島方向に移動したようです。それで渡船は沖に流されて良かった、これが逆方向だったらと思うとぞっとします。また、撤収が10分遅れていたら船は磯付けできない。我々2人は「長バエ」で待機。低い磯、恐いだけですんだかどうか。また、釣り人が4人と少なかったら良かった。人数が多ければ転覆の心配もあった。迎えの渡船が大きい方の船で来てくれたので良かった。何もかもが良い方へ向いてくれたので無事帰港できました。 「30年渡船をやってるが今日みたいなのは初めて」とは船長さんの言です。私も、船より高い波の中を進んだ沖の島釣行、子縁から水をすくいながら帰港した大島釣行など、いろいろありましたが、「舵が効かない」「四方からの強風」「視界が数メートル」「船はぐるぐる回るだけ」・・・本当、恐い体験でした。無事に帰港でき、2人の船長さんの的確な判断、操船技術に感謝しています。 |